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盛岡地方裁判所 昭和32年(行)71号 判決

原告 佐々木正蔵

被告 国 外一名

国代理人 滝田薫 外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告国との間で、原告が別紙目録記載の不動産について、昭和三一年二月二八日被告盛岡税務署長になしたとする申告による昭和三〇年分贈与税金一六五、五二〇円の納税債務の存在しないことを確認する。

被告盛岡税務署長が昭和三二年六月一五日右不動産についてなした滞納処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和三〇年一〇月二〇日父佐々木三蔵から別紙目録記載の不動産の贈与を受け、同日その旨の所有権移転登記を経由し、所有権を取得したものであるが、右不動産には当時訴外藤沢千次郎の三蔵に対する、いずれも元金三〇万円、弁済期を同年一二月三一日と昭和三一年一二月三一日とする二口の貸金債権計六〇万円を担保するためめ抵当権が設定され、昭和三〇年一〇月八日その旨の抵当権設定の仮登記を経由していたので、右不動産の贈与を受けるに際し、原告は三蔵との間に、右六〇万円の債務を引受け、右藤沢の承認は後日得ることにし、また別に贈与の謝礼ないし生活補助金の意味で金五万円を三蔵に交付する約束をし、翌二一日三蔵に現金五万円を交付するとともに、同年一二月右債務引受について藤沢の承諾を得た。

二、被告税務署長は、なんらその事実がないのに原告から昭和三〇年分贈与税一六五、五二〇円の申告書の提出ならびに右税額のうち一六万円について年賦延納および徴収猶予の申請書の提出があつたものとし、

1、被告署長は、原告がその余の五、五二〇円を納期限の昭和三一年二月二九日までに納付しなかつたとして、同年五月三〇日原告に対し期限を同年六月一〇日と指定した督促状を発し、その督促状はその頃原告に到達したが、原告が右期限までに納付しなかつたので、同被告は同年一一月二九日当時原告が滞納していた昭和三〇年分個人再評価税額一九、六三〇円とともに、右五、五二〇円の徴収のための滞納処分として原告所有の前記不動産を差押え、同年一二月四日その旨の差押調書謄本を原告に送付し右謄本は翌五日に原告に到達した。

2、そこで原告は昭和三二年一月四日被告税務署長に対し再調査請求をしたところ、同被告が同月二三日これを却下し、原告は更らに同年二月二三日仙台国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長が同年八月一六日これを棄却し、その決定の通知書は翌一七日原告に到達した。

3、これより先き被告税務署長は前述のように原告かち昭和三〇年分贈与税金の年賦延納および徴収猶予の申請があつたものとし、昭和三一年一二月二五日これを却下した上、同三二年一月二六日、延納申告があつたとする金一六万円について原告に対し納期限を同年二月五日と指定した督促状を発し、右督促状は同日原告に到達したが、原告が指定の期限までに納付しなかつたので、同被告は同年六月一五日先きの滞納処分による差押を解除し、即日前記一六万円に右解除を受けた五、五二〇円を合し、昭和三〇年分贈与税額一六五、五二〇円の滞納処分として前記不動産を再び差押え、同月一九日原告にその旨の差押調書謄本を送付し、右謄本は翌二〇日原告に到達した。

三、しかしながら被告税務署長のなした前記滞納処分の基本とする金一六五、五二〇円の贈与税債務は、後記のとおり存在しないのであり、これを前提とする右滞納処分は無効である。すなわち、

1、原告は昭和三一年二月二八日盛岡税務署に出頭し、資産税係員の大蔵事務官佐々木邦二に対し不動産贈与証書、抵当権設定の仮登記仮処分決定正本、三蔵の五万円の受領証を呈示し、負担付贈与であることを説明し、負担部分の控除方を求めたところ、佐々木事務官は右書類には関連性がなく負担付贈与とは認められないから控除できない。前記不動産贈与の課税価格は金八〇二、一〇〇円で、贈与税額は一六五、五二〇円となるとのことであつた。

しかし原告としてはそのような多額の納付は不能で、またそれでは贈与を受けた意味もなくなるから、贈与契約を解除する外はないと言つたところ、佐々木事務官はそれではなお検討し、控除ができるかどうかよく調べた上追つて課税価格税額を通知することを約し、その際、佐々木事務官は事務整理上必要だからと言つて数通の書面を差出し、それに署名押印することを求めた。

ところで原告は視力〇、〇三という強度の弱視のため右書面の文字、数字の判読ができなかつたし、かつまた佐々木事務官が調査の上通知すると約したので、後日その通知を受けられるものと信じていたので、同事務官の手渡した書面が、一は相続税法所定の申告書で金一六五、五二〇円の贈与税額を決定するものであり、他はこれに関する年賦延納および徴収猶予の申請書とは思いもよらず、いずれも単なる事務上の届出と誤解し、漫然右書面に署名押印した上提出したのである。

2、右のように原告は前記不動産に関する昭和三〇年分贈与税額の申告をしたことはなく、前記二、の1の差押調書謄本を送達され初めて昭和三一年二月二八日に原告の提出した書面が贈与税申告書として取扱われたことを知つたにすぎない。

このような申告納税制度における税法上の申告は税務官庁の更正を解除条件とする納税義務者の課税価格および税額の確認行為であり、これによつて租税債務が具体的に確定する効力を生ずるところの私人のなす公法行為であり、これについては一般的規定がないから、行為者の意思に瑕疵がある場合の行為の効力については、民法の意思表示に関する規定を類推適用して理論上決すべきところ、

イ、原告が前記書面を提出しても、贈与税申告の意思がなかつたのであるから、申告行為として無効であつて、これにより租税債務を具体的に確定する効力を生ずべきいわれがない。

ロ、仮りに申告意思があつたものとしても、右申告行為は錯誤によつて無効である。

原告が父三蔵から前記不動産の贈与を受けた当時、前記一、のように抵当権設定の仮登記があり、かつ原告は負担付で贈与を受けたものであるから、その税額決定にあたり当然にその負担部分、少くとも抵当債務額を控除すべきであり、原告はこの部分が控除されるものと信じて申告したのであるから、右申告行為にはその要素に錯誤があり、無効である。

したがつて前同様右申告行為によつても租税債務を具体的に確定する効力を生じない。

四、以上のように原告のしたとする申告行為によりその効力を生じないから、これを前提とする昭和三〇年分贈与税金一六五、五二〇円の納税債務はまだ具体的に確定していない。したがつて被告国は原告にこれを請求することができないのに、前記のように右申告を前提とする贈与税債務を原告が滞納したとして滞納処分をなし、右租税債務の存在を主張するので、被告国に対し請求の趣旨第一項のように右債務の不存在の確認を求め、合せて被告税務署長が昭和三二年六月一五日なした滞納処分は租税債務が存在しないのになした違法の処分であるから、同被告に対して請求の趣旨第二項のように右処分の取消を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、

五、被告税務署長の本案前の答弁に対して、

原告は同被告の昭和三二年六月一五日なした滞納処分に対し、国税徴収法所定の再調査、審査の各請求をしていないことは争わないが、原告は前述のように同被告のなした昭和三一年一一月二九日の滞納処分については所定の再調査、審査請求の各前置手続をしており、右昭和三一年一一月二九日と同三二年六月一五日の二個の滞納処分は形式的には別個の処分であつても、滞納処分の前提としての租税債務はいずれも原告が昭和三一年二月二八日被告署長に対してしたとする申告による昭和三〇年分贈与税債務であり、ただ前処分はその一部五、五二〇円について、また後処分はこれを含めた全額についてなされているにすぎず、滞納者、差押物件も同一で、かつ被告の都合により前処分を解除してその債務を合して後処分をなしているのにすぎないのであるから、実質的には前後同一処分であり、前処分について原告のなした前置手続は、その継続と見られる後処分にそのまま援用せられるから、結局後処分についても前置手続を経たものというべきである。仮に右両処分が同一でないとしても、前処分について一旦適法の再調査請求等の手続をしていれば、前記関係にある後処分について同一理由で重ねて再調査の請求等をすることは無意味であり、その必要がないから、このような場合には前置手続を経ないで直ちに出訴するについて正当な事由があるものというべきである。

また仮りにそうでないとしても、原告は本訴において後処分の取消を求めてはいるが、その理由とするところは前述のように申告が無効でまだ租税債務が確定せず、滞納処分は前提要件を欠き無効であることを理由としているのである。このように処分の無効を理由とする場合は、取消訴訟の形式を採つても前置手続を経ることを要しないものと解すべきである。と述べ、

被告税務署長指定代理人はまず本案前の答弁として、

「原告の被告税務署長に対する訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として原告は本訴において昭和三二年六月一五日の滞納処分の取消を求めるが、原告は右処分に対しまず国税徴収法所定の再調査請求、審査請求の前置手続を経た上でなければ出訴できないのに、これを欠いているから、本訴は不適法であると述べ、

本案について、被告ら指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

一、原告主張一の事実中原告がその主張の日にその父佐々木三蔵から別紙目録記載の不動産の贈与を受け、その旨の所有権移転の登記を経由したこと。右不動産について訴外藤沢千次郎のためその主張のような抵当権設定の仮登記がなされていることは認めるがその余は否認する。

二、原告主張二の事実中冒頭記載の事実を否認するが、その余の1、2、3、の各事実は2の被告税務署長に対する再調査請求の日時の点を除きすべて認める。

原告が被告税務署長に再調査請求をしたのは昭和三二年一月四日ではなく、同月七日である。

三、原告主張三の事実中原告がその主張の日に盛岡税務署に出頭し、係員の佐々木事務官にその主張のような書類を呈示し負担付贈与であることを説明して負担部分の控除方を求めたところ、佐々木が右書類には関連性がなく負担付贈与とは認められないから控除できない。課税価格は八〇二、一〇〇円で贈与税額は一六五、五二〇円となると告げたことおよびその際原告が佐々木の差出した数通の書面に署名押印して佐々木に提出したことは認め、その余の事実は否認する。

1、そもそも納税義務者のなす申告行為は私人のなす公法行為であり、申告納税制度の趣旨、目的等からみて、これには民法の意思表示に関する規定の類推適用等のせらるべきものではない。申告者が誤つて過大な申告をした場合でも申告書の提出期限後一月内に限り更正の請求によりこれを是正することができる外は、税務署長の自発的更正によらない限り申告は有効に確定し、その無効を主張することは許されない。

2、仮りに申告行為に瑕疵がある場合民法の規定の類推適用があり無効になると解するにしても、原告のなした申告には原告が主張するような瑕疵は存しない。その経緯は次のとおりである。すなわち佐々木事務官は原告の呈示した書類を検討したが、原告が父三蔵の藤沢に対して負う金六〇万円の債務を引受けたものとしてもそれは昭和三〇年一二月で前記不動産の贈与を受けたのはそれより前で、両者の間に関連がなく、また仮登記が贈与前になされているのにかかわらず、贈与契約の上でそのことが明示されていないから、負担付贈与でないと認め、控除にならないと述べたところ、結局原告はそれらの関連性を明確にする資料も出さず他に負担付贈与であることを認めるに足る事実を明らかにしなかつたので、同事務官が別に定める評価基準に従い税額を算出したところ金一六五、五二〇円となつたのでそれを告げたところ、原告もこれを了承し、年賦延納申告をしたいというので、同事務官は贈与税申告用紙に所定事項を記載し、また右税額中一六万円についての年賦延納ならびに徴収猶予申請書を原告に代り記載し、これを原告に示したところ、原告は閲読しその趣旨を了承の上自らこれらに署名捺印して提出したので同事務官がこれを受理したのである。

その際原告の前記延納申請に基き、昭和三一年二月末日限り納付すべき年賦金五、五二〇円の納付書を作成して渡したが、原告は納期までに納付せず、かつ年賦延納、徴収猶予申請に添付すべき保証承諾書等を提出しなかつたので、原告の右申請は昭和三一年一二月二五日却下せられたのである。

以上のように原告の申告には何らの瑕疵がないからその瑕疵のあることを前提とする原告の本訴各請求はいずれも失当である。

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

被告税務署長指定代理人は、本案前の答弁として、被告署長に対し滞納処分の取消を求める訴は、前置手続を欠く不適法な訴であつて却下せらるべきであると主張するのでまずこの点について判断する。

原告が贈与税額の内金五、五二〇円等を納期までに納付しなかつたものとして、その滞納処分として被告税務署長が昭和三一年一一月二九日原告所有の別紙目録記載の不動産を差押え、同年一二月四日その旨の差押調書謄本を原告に送付し原告が翌五日それを受取つたこと、原告がこれを不服として昭和三二年一月被告署長に対し再調査の請求をしたところ、同被告は同月二三日却下の決定をし、原告が同年二月二三日更に仙台国税局長に審査の請求をしたところ、これ又同年八月一六日棄却せられたことは当事者間に争がなく、原告は、原告が右再調査の請求をした日は昭和三二年一月四日であると主張し、被告は同月七日であると主張して争うのでこの点について考察する。

この点について成立に争のない甲第一一号証(再調査請求書写)を見るとその日付が昭和三一年一月四日とある外は原告主張事実を認めるに足る証拠はなく、そのような書面は必ずしも作成の日に提出されるとは限らないのであり、成立に争のない甲第一二号証により認められる被告署長が右再調査の請求を期間経過後を理由に却下している事実ならびに、前示当事者間に争いのない事実ことに差押調査の謄本が原告に送付されたのは昭和三一年一二月五日であるから右滞納処分に対する再調査請求期間は右通知の日から一ケ月以内である同三二年一月五日限りである事実を合せ考えると原告の再調査請求書の日付が同年一月四日となつているが、実際被告署長に受理されたのは法定期間経過後であつたと認められる。

しかし他方成立に争のない甲第一四号証によれば仙台国税局長が原処分の滞納処分について実体的にその当否の判断をした上、原告の審査請求を棄却していることが明白であるから、原告の再調査請求期間の従過については宥恕すべき事情があつたものとして実体的棄却の決定があつたものといわなければならない。

そもそも行政庁の処分に対する抗告訴訟において、いわゆる訴願前置主義の採られているのは行政処分の不服に対しては、一旦行政庁自身による是正の機会を与るため行政庁をして実質的に再審理なさしめる趣旨にあるから、この観点からすれば、再調査の請求が期間経過の理由で実体的審理を拒否されて却下され、これに対する審査の請求もまた原決定を維持するに止まるときは、その後に提起される訴は適法な前置手続を経ないものとして却下を免れないが、審査請求において本件のように再調査請求の目的となつた処分に対し実体的に審理を加えたような場合は行政庁に是正の機会を与えているのであり、訴願前置に欠けるところはないをものと解するのを相当とする。

ところが本件において原告が取消を求めるのは昭和三二年六月一五日の滞納処分(以下後処分という)であり、原告が前示のように再調査、審査の各前置手続をしたのは、昭和三一年一一月二九日の滞納処分(以下前処分という)であつて、後処分に対してはそれをしていないことは原告自ら認めているところである。

したがつて原告が主張するように前処分に対する前示の前置手続の経由が、形式上別個の後処分に対する出訴の要件も具備するものということができるかどうかが問題である。

原告の提出したとする贈与税金年賦延納、徴収猶予の申請を被告税務署長が昭和三一年一二月二九日却下し、右申請にかかる一六万円について原告に納期限を指定して督促したが、納付がなかつたので、同被告が昭和三二年六月一五日右税額の滞納処分を行うにあたり、先きの昭和三一年一一月二九日の差押を解除し同日改めて、差押解除を受けた滞納税額を合し昭和三〇年分贈与税額一六五、五二〇円の滞納処分(後処分)として本件不動産を再度差押えたことは当事者間に争がない。

右事実によれば、前後両処分はその前提の租税債務は同じ昭和三〇年分贈与税債務であるとはいえ、差押の金額、日時等が異り到底これを同一処分とはいうを得ないけれども、差押物件は全然同一で、かつ前処分における債務を合して後処分をなしているので、前処分が後処分に引継がれているものというべき場合であるから原告が後処分について同一不服理由で重ねて行政庁に再審理を求めなかつたとしても、訴願前置の趣旨は結局つくされていると見るべきであるから、出訴の要件として更に新たな前置手続をとることを要しないものと解するのを相当とする。被告の本案前の答弁は理由がない。

進んで本案について判断する。

まず被告国に対する請求について。

原告が父佐々木三蔵からその主張の日に別紙目録記載の不動産の贈与を受けその旨所有権移転登記を経由したこと、右不動産には原告主張のような抵当権設定の仮登記がなされていること、原告が昭和三一年二月二八日盛岡税務署に出頭し、同署係員の佐々木事務官に原告主張の書類を呈示して、負担部分の控除方を申入れたこと、その際、原告が書面数通に署名押印して佐々木事務官に提出したこと、以上の各事実は当事者間に争がない。

原告は前示佐々木事務官に提出した書面等は昭和三〇年分贈与税申告書等ではない。当時原告にはそのような贈与税申告の意思がなかつた。仮りに申告の意思があつたとしてもその申告行為の要素に錯誤があり、いずれにしても申告の効力を生じないと主張するので、一般に租税法上の申告行為について意思の欠缺ないし要素の錯誤があつた場合には民法の規定の類推適用があるかどうかについて按ずるに、申告納税の租税の申告行為は、納税者自身、が課税価格を決定し、これに税率を適用して具体的な税額を算出し、これを税務署長に申告することによつて税務署長の更正を解除条件として具体的租税債務を確定する行為であり、これにより租税債務の確定という公法的効果の賦与せられる点で、私人の納税者が国(税務署長)との関係においてなすいわゆる私人のなす公法行為といわれているものである。

一般に公法行為は公法的効果の発生に向けられ、公益的制限があり、私法行為とはおのずから異る特色のあることは否定し得ないところであり、通則的規定のない今日いかなる法規がこれに適用せられるかは、各具体的場合について各実定法、その立法の趣旨等を検討して理論により決すべきところであるが、申告租税法上の申告行為は前述のように私人が自らの意思に基いてなす行為であり普通一般の公法行為とは異り、そもそも申告納税制度は自己の負担すべき債務は自己の責任において確定せしめるとの建前で、このために私人の意思を尊重し、意思に基いて申告せしめているものであるから、私法の原理が妥当しもしその意思表示に瑕疵があるときは民法の規定が類推適用されるものと解するを相当とする。

申告書提出後一定期間内に更正の請求手続をしなければ申告の無効を主張し得ないとする被告の主張も採用できない。

しからば次に原告が主張するような意思表示の瑕疵があつたかどうかについて按ずるに、成立に争のない乙第一号証証人佐々木邦二の証言によれば原告が前示のように昭和三一年二月二八日盛岡税務署で署名押印の上佐々木事務官に提出した書面が昭和三〇年分贈与税申告書と贈与税金年賦延納徴収猶予の申請書であつたことが認められる。

原告は佐々木事務官に提出したのは単なる事務上の届出書面であり、申告等の意思がなかつたと極力主張し、原告本人尋問の結果によればこれを認められるかのようであるが、原告本人のこの点の供述部分は、証人佐々木邦二の証言によつて認められる、税務署に原告が出頭して四〇分から一時間も贈与税について右佐々木と質疑応答の末書面に自ら署名押印した点また原告本人尋問の結果により認められる、原告も本件不動産の贈与を受け贈与税納付の必要のあることは自発的に知つていて税務署に出頭した事実等よりすれば、前記供述部分はたやすく措信できない。成立に争のない甲第一号証によると原告が両眼視力〇、〇二と〇、〇四の強度の弱視者であることを認められるが、右甲第一号証によつても原告が申告等の意思がなく提出したものであることを認めるに足らない。他に右原告主張事実を認めるに足る証拠がない。

つぎに原告が右申告書を提出するにあたり、その申告行為の要素に錯誤があつたかどうかにつき按ずるに、原告の父三蔵が訴外藤沢千次郎に対し二口合計金六〇万円の債務を負い本件不動産に右債務担保の抵当権を設定しその旨の仮登記を経ていることは前示認定のとおりである。

ところで、証人藤沢千次郎、同佐々木三蔵の各証言中には次のような証言部分がある。

すなわち右両名が今から約二〇年程以前からの知り合でありその頃から三蔵が藤沢から金銭を借用していたが、すべて無利子、無担保であつたこと、当時の金で二、三千円ずつ借りていたがそれがつもりつもつて昭和三〇年二月頃には合計六〇二、〇〇〇円にも及んだこと、その間最初の一、二回はともかく、其の後一回の返金、内入金もなく長い間藤沢から返還請求らしい請求を一向していないとの証言部分があるが、右は以下の理由によつて到底信を措き難く、甚だ疑問を抱かざるを得ない。

すなわち戦前と戦後特に右各証言中で本件債務の決算をしたという昭和三〇年二月頃との間の貨幣価値の変動に鑑みるときは、戦前の二、三千円は元本のみで優に本件抵当債務額と称する六〇万円にも匹敵する大金であり、これらがつもりつもつて六〇万円になつたというのであり、ことに三蔵の証言によれば、戦後大口で七、八万円から一〇万円の借金も入れて六〇万円になつたというのでありたやすく納得できないものがあるのみならず、前記各証言によれば、当時藤沢が指物師、三蔵が桶屋であつて両者の間柄は普通の知り合という以上のものではなく、三蔵が藤沢に格別の利益を与え得るような取引関係もないのにかかわらず、理由もなく職人の藤沢が前述のような大金を無利子、無担保で二〇年の長きに亘り貸付けたままかえりみないというようなことは通常あり得ないところである。

また成立に争のない甲第六号証ならびに証人藤沢千次郎の証言、原告の本人尋問の結果の一部を綜合すれば、藤沢が昭和三一年九月原告を相手として盛岡簡易裁判所に調停を申立て、同月一〇日原告が本件不動産について同月一五日限り六〇万円の消費貸借のため抵当権設定登記をする旨の調停が成立したことが認められるが、其の後も原告は右の旨の登記を履行していないのみか、成立に争のない甲第二、三号証によれば昭和三二年二月二日藤沢が本件不動産に更に代物弁済契約に基く請求権保全の仮登記をしている事実が認められるが、これらの各事実によつても三蔵と藤沢間の六〇万円の貸借に関する前示の疑念を氷解し得ない。

むしろ前示各事実を綜合すれば三蔵藤沢間の六〇万円の貸借は税金負担等を免れしめるための仮装のものではなかつたかを疑わしめるものがある。

甲第五号証の五万円の授受についても同様である。

したがつて原告の錯誤の主張は既に前提たる事実を欠くのでこれを採用することが出来ない。

そうだとすれば原告の本件申告行為には原告主張のような瑕疵がなく適法になされたものであり、金一六五、五二〇円の贈与税債務が存在するものといわなければならないから、これが存在しないことの確認を求める原告の第一の請求は失当であり、また租税債務の存在を前提としその執行としてなされた滞納処分は適法であるからこれが取消を求める原告の第二の被告署長に対する請求も失当であり、いずれも棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 村上武 須藤貢 山下進)

目録〈省略〉

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